「ユネスコ加盟70年の歴史をたどる」
ユネスコの前身は、第一次世界大戦後に設立された国際連盟が諮問機関として設置した「国際知的協力委員会(International Committee on Intellectual Cooperation)」であると言われていますが、直接の設立のきっかけとなったのは、第二次世界大戦におけるナチス・ドイツの侵攻によりロンドンに亡命政府を置いていたヨーロッパ各国の教育大臣にイギリス政府が参加を呼び掛けて1942年11月に開催された連合国教育大臣会議(Conference of Allied Ministers of Education; CAME)です。ヨーロッパの教育・文化の復興を目指し、各種委員会を設置して活発に議論を続けましたが、翌年からアメリカ、ソ連、中国、インド、豪州、ニュージーランド、カナダ、南アフリカが参加するようになりました。そして、アメリカが常設組織化を求めたことから、常設組織の設立に関する協議が進められました。
国際連盟に代わる戦後の新しい国際機関についての構想がアメリカを中心として検討され、1944年8月~10月のダンバートン・オークス会議による一般的国際機関の設立に関する提案、1945年4月~6月のサンフランシスコ会議での国際連合憲章の採択を経て、1945年10月に国際連合が発足しました。一方、連合国教育大臣会議での協議を踏まえ、1945年11月に国連の専門機関設立のための会議がロンドンで開催され、ユネスコの憲章が採択され、翌1946年11月に国連と連携関係を持った専門機関(国連憲章第57条、第63条、ユネスコ憲章第10条)としてのユネスコの第1回総会がパリで開催されました。
ユネスコ憲章では、前文の冒頭の「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という一節が特に有名で、確かにそのとおりだと思います(ソ連や東欧諸国は唯物論の立場からこれに異議を唱えたそうです)。その次の「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。」というのは、人間(あるいは国家)の欲望から目をそらした一面的な見方のように私には思われますが、お互いの文化を理解することは重要なことですし、人的な交流を広げ、国民レベルで友好を深めることは戦争の抑止につながると思います。
敗戦後に平和国家として再起を目指していた日本にとって、ユネスコの理念は国民の心に大きく響き、早くも1947年(昭和22年)7月に仙台で、9月に京都でユネスコ協力会が発足しました。民間ユネスコ運動は急速に全国に広がり、同年11月には第1回ユネスコ運動全国大会が東京で開催され、翌1948年(昭和23年)5月には日本ユネスコ協力会連盟が設立(1951年の社団法人化の際に「日本ユネスコ協会連盟」と改称)されています。
後にユネスコ活動に関する法律案が国会で審議された時に、参考人として呼ばれた勝本清一郎氏(当時の日本ユネスコ協会連盟理事長)は、平和運動には精神主義的なものと実力主義的なものがあり、ユネスコは前者、国連本体(安保理)は後者、両方が必要だという趣旨のことを述べています。敗戦後に戦争と軍隊を放棄した日本にとっては精神主義的な平和運動を担うユネスコこそが自分たちの向かう場所だと思われたのでしょう。
政府内でも1948年(昭和23年)4月に教育刷新委員会が、国民のユネスコへの関心と理解を深めるための啓蒙運動を行うため、また教育・科学・文化関係団体をユネスコ事業に参加させるため、これらの団体の代表者を主体とし政府代表者と個人を加えた「中央協力機構」を設立することを内閣総理大臣に建議しています。国会でもユネスコへの関心が次第に高まっていき、1949年(昭和24年)11月に衆参両院の議員有志による国会ユネスコ議員連盟が結成され、11月から12月にかけて、それぞれの院でユネスコによる駐日代表部の設置(同年4月)に感謝しつつ、我が国のユネスコへの正式参加を要望する決議を行っています。
しかし、日本が連合国と平和条約を調印するのは1951年9月(発効は翌年9月)のことであり、ユネスコに加盟するのは容易なことではありませんでした。その経緯は少し長くなりますので、次回御紹介したいと思います。
執筆者
町田大輔
文部科学戦略官
1986年(昭和61年)、文部省(現文部科学省)に入省。文部科学省・文化庁内の各部局のほか、他省庁、地方、独立行政法人、大学、研究所で様々な業務に携わったが、科学と国際分野の経験が比較的長い。1996~2002年、旧文部省国際学術課課長補佐、在仏日本大使館(ユネスコ代表部)一等書記官、文化庁国際文化交流室長としてユネスコに関わった。2021年4月から現職。