毎年9月8日は「国際識字デー」であることをご存知でしょうか。ユネスコでは毎年「国際識字デー」に関するイベントを開催しており、2023年も9月8日(金)に実施されました。2023年「国際識字デー」及びにイベントに関する情報はこちらをご確認ください。

 今回のコラムでは、この「国際識字デー」イベントをご視聴された基礎教育保障学会 理事・田園調布学園大学 准教授 長岡 智寿子氏に、当日のイベントの内容及び日本社会の状況についてご解説をいただきました。
 長岡氏は、特にネパールの識字教育、コミュニティラジオを活用したマイノリティの社会参画など、国内外の基礎教育保障に関して研究されています。


「Lifelong Literacy」を再考する:「International Literacy Day 2023」における議論から
長岡 智寿子(基礎教育保障学会・田園調布学園大学)

はじめに
 2023年の国際識字の日(International Literacy Day)のテーマは、「移行期における世界のために、すべての人に基礎教育を保障すること: 持続可能で平和な社会の基盤を築くために」であった。特に、今年は「持続可能な開発のための 2030 年グローバルアジェンダ」に向けた中間地点にあたる。今年度のグローバル会議では国際社会がこの8年間において取り組んできた17の持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた活動がどのような状況にあるのか、各国政府、市民レベルにおける活動や実践を振り返りつつ、現状を分析し、2030年に向けてさらなる展開をはかろうとするものであった。実のところ、国連事務総長による最近の報告書で強調されているように、SDGs は深刻な問題に直面しているという。それは、多くの分野で軌道に乗っているのはわずか 12 %程度であり、半数近くは進歩を示してはいるものの、中程度、または重度に軌道から外れており、約 30%は進展が見られないか、2015 年の基準値を下回っているという。新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)の感染拡大の影響は、気候変動、デジタル化、不平等の拡大、社会の二極化、紛争などの他の課題とともに、ますます深刻な状況を生じさせているのではないだろうか。 
 ところで、昨年(2022年)の国際識字の日のテーマは「識字学習スペースの変革」であった。COVID-19 の感染拡大により、社会の回復力を育み、すべての人に質の高い、公平で包括的な教育を保障するための学習空間(学習機会)の重要性を再考するものであった。基礎教育は、教育を受ける基本的な権利の重要な要素であり、学習活動の重要な基盤でもある。 基礎的な読み書きと計算能力を備えることが、より平和で公正な持続可能な社会を築く上で必要不可欠であり、感染症などの地球規模の課題に対処する上でも重要な役割を果たすことになる。教育2030アジェンダ(SDG4)は、教育と生涯学習の新たなビジョンを定めており、青少年と成人の基礎的な学力に特定の目標(4.6)を捧げている。すなわち、「青少年と成人(男女問わず)が基礎的な読み書きと計算能力の習得を確保する」というものである。特に青少年と成人が世界規模の課題に効果的に対処するための「力」が緊急に必要とされていることに他ならない。
 2023年度においては教育と生涯学習に関するSDG4も例外ではないとし、例えば、2020年の報告によれば、世界中の15歳以上の若者と成人の少なくとも7人に1人(7億6,300万人)が、基本的な読み書きと計算能力を備えていなかったこと。 さらに、学校に通っている児童を含むかなりの数の子どもたちが基本的な読み書きや計算の能力を身につけておらず、また、6 歳~18 歳までの 2 億 4,400 万人の子どもと若者が就学していないというものであった。COVID-19 の感染症危機とその他の世界規模の課題により、教育と基礎的な学力が直面する課題がさらに悪化している状況にあるという。その大半は開発途上国に暮らす人びとであり、COVID-19 の感染拡大以前からすでに疎外されていた人々であった。

「International Literacy Day 2023」におけるテーマ
 2023 年国際識字の日におけるテーマは、基礎的な学力を個々人が習得することにより、教育を変革し、持続可能な開発の5つの柱である、 「人々(社会開発)」、「地球(環境保護)」、「繁栄(経済的繁栄)」、「平和」、「パートナーシップ」を強化することとしている。
 基礎教育は人々に力を与え、何よりも急速に変化する社会や経済活動に対応することが可能となり、個人的な利益を生み出すだけでなく、社会的、経済的、政治的、文化的、環境的な利益の創出にも貢献し、民主的価値観、平和的共存、地域社会の連帯を強化することにもつながるとしている。社会経済の発展により利用可能となる様々な形態における学習機会への参加を促すものであり、同時に、新たな雇用機会の拡大を含め、読み書きや計算のスキルを獲得し、応用し、向上させたいという人々の要求を展開させていく可能性があると提示する。
 しかしながら、新たな発展のすべてが必ずしも教育を受けるすべての人の権利をより豊かなものにするための有利な条件に結びつくわけではないことにも留意している。例えば、デジタル技術の進歩は両刃の剣になる可能性があることも言及している。教育と学習を拡大するその可能性は、世界規模のCOVID-19 の感染拡大において実証されたように、質の高い学習へのアクセスという点において、デジタル格差や、AIにおける誤った表現など、社会から疎外された人々に不当に影響を与えてしまっている問題が指摘されているからである。
 そのため、主な期待される結果として、次の3点が提示されている。

  • 基礎的な学力を習得していくには「双方向のプロセス」が必要であるという意識を高め、「読み書きと計算の学習」と「開発と平和のさまざまな分野における進歩」が生涯学習の不可欠な部分として相互に強化されること
  • より持続可能で平和な社会に向けて、システム、プログラム、コンテンツ、および実践レベルで基礎的な学力による変革力を解き放つために、関連する知識、経験、および解決策が特定され共有されること
  • 基礎的な学力の習得をはかるために促進される協力とパートナーシップの必要性について

 

グローバル会議の内容について
 基調講演は、ティモシー・デニス・アイルランド教授(ブラジル、パライバ連邦大学、ユネスコ青少年・成人教育委員長)により、「生涯にわたる基礎教育 – 持続可能で平和な社会を構築するための必須事項」というテーマで行われた。
 アイルランド教授は、冒頭で、移行期において、読み書きの学習を推進する際に我々が直面する困難な課題と、持続可能で平和な社会の基盤を構築することが何を意味するのか、考えてもらいたいと述べた。そして、昨年6月に開催された第7回国際成人教育会議(CONFINTEA7)におけるマラケシュ行動枠組みにおいても示されたように、気候変動による汚染と生物多様性の喪失によってもたらされる影響について言及した。何よりも、教育そのものが変革されなければならないとし、次の移行期のプロセスにおいて5つの特徴がアイルランド教授から提示された。

  1. 人間中心の世界観から生物中心の世界へ、相互依存のシステムとして、人間が中心の世界から、人間が自然の一部として統合された世界観への移行
  2. 人間が例外的な立場にある教育から、環境面における正義を重視した教育への移行
  3. 世界について学ぶことから、世界とともに学ぶことへの移行
  4. 人類を構成するものを再次元化すること
  5. 万人に一つのサイズが適合するというような普遍性から脱却し、普遍主義が多様性を排除する原因であることを示唆するものであること

 アイルランド教授はこれらの特徴について説明しながらも、基礎的な学力はあらゆる教育活動の基礎であり、SDGsと連携して進めていく必要があること、さらに、貧困、食糧安全保障、健康と福祉、ジェンダー平等、女性のエンパワメント、経済成長、労働や平和を築く主要な要因となることを述べた。
 中でも、ブラジルの教育学者パウロ・フレイレが「文字を読むことは継続的に世界を読むこと」と繰り返し強調していたことに言及し、学ぶことは、私たち人間が生きている現実を理解しようとすることであると述べた。また、現代における課題は1960年代にフレイレが識字教育を実践していた際に直面していた課題とは基本的に異なるとし、それだけに、気候変動における汚染や生物多様性における損失という課題は複雑であるとともに、私たち人間は自然、生きたシステムの一部に過ぎないことへの理解の重要性を強調した。

 さらに、アイルランド教授からは我々はどのようにして自然と再びつながるのか、また、その過程における基礎的な学力の役割とは何なのか、について次のようなことが述べられた。
 第一に、世界を知るには一つの方法だけでなく、多くの方法が存在すること。第二に、西洋近代社会において、先住民の知識や古からの訓えが人類学者により研究されるべき風変りな実践以上のものであると捉えたのはごく最近のことであるとし、世界を読むこと、つまり、人間同士の関係を再定義すること、が提示された。
 そして、最後に、何世紀にもわたる西洋の支配により、統一的な認識論的理解を押し付ける傾向があるとし、世界を知ることにおいて、他の形式が抑制されてきたことが言及された。したがって、基礎的な学力のための新しい物語を精緻化することが急務であること、さらに、より良い生活のために、教育の普及においては人間と自然の双方が共同の主人公となる新しい教育の物語を構築するための代替パラダイムが必要であることが、比喩を用いて説明された。
アイルランド教授の講演は、我々がこれまでの西洋近代社会の支配的な価値観から脱却し、知ること、学ぶことの新しい方法があることを再認識することの必要性を提示されるものであった。

その後のパネルの構成は以下のとおり。
パネル 1: 平和と持続可能な開発のためのガバナンスの強化とすべての人が基礎教育を保障されるための資金提供について
 青少年と成人のliteracy(基礎的な学力)に焦点を当て、その運営におけるガバナンスと資金調達における主要な傾向と問題点を振り返り、人びとが生涯に渡る基礎的な学習機会を育み、向上させていく観点から方法を探る。 また、より持続可能で平和な社会に向けた民主的で社会全体のアプローチを通じて基礎的な学力を促進する各主体の重要な役割についても反映する。
 • 国家識字能力戦略を通じて生涯にわたる基礎的な力を育成する
 • 私たちが望む未来のためのリテラシー:若者の声と行動
 • 学習都市の可能性を持続可能な開発と平和のために活用すること
 • 平和と持続可能性のために基礎的な学力を促進するための多国間取り組み
 • システム強化のためのパートナーシップと人材育成のための基礎的な学力
 • 難民、移民、国内避難民の基礎的な学力を促進するための包括的かつ包括的なシステムの構築

パネル 2: 持続可能で平和な社会に向けて基礎教育の変革力を解き放つための効果的なプログラム、内容、実践について
 プログラムにおける効果的な生涯に渡る基礎教育の打開策を検討する。 生涯学習の文化を豊かにする方法を模索しながら、その内容と実践を検討する。
 • 誰一人取り残さないための効果的な生涯に渡る基礎教育の方法について
 • 読み書きと職業訓練によるエンパワメント
 • 基礎的な学力への介入と実践に対する総合的かつ多部門的なアプローチ
 • 難民や移民のための識字プログラムにおけるテクノロジーの活用
 • 生涯に渡る基礎的な学力の構築とその促進のための技術開発の意味: 教師のための人工知能コンピテンシーの枠組み

日本社会の動向から
 識字をめぐる国際的な議論をめぐり、翻って日本社会はどのような状況にあろうか。日本における基礎教育をめぐる動向は、決して楽観的なものではないであろう。 成人において、「もう一度、学びたい」という人たちが少なからず存在している一方で、全国の小中学校で不登校であった児童生徒の数が増加し続けている。文部科学省の直近の報告によれば、約29万9千人となり、前年の同調査報告よりも約5万人増となっている。(文部科学省「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」)また、2020年の国勢調査において、約90万人(898,748人)もの義務教育未修了者が存在しているという衝撃的な事実が明らかになった。
  何等かの理由により、義務教育を受けることができなかった人たちが通う学校としては、公立夜間中学があげられる。夜間中学は、敗戦後の混乱期、生活困窮から昼間、家計を支えるために靴磨きや日雇いなどの労働に従事せざるを得ない子どもたちが多数、存在したことから、1947年、大阪市立生野第二中学校(1949年に勝山中学校と校名変更)にて、教育現場の努力において、二部制(昼・夜)として学習の機会を提供したことが始まりであった。文字通り、夜間に授業を行う中学校として、義務教育の底辺に存在し続けてきた。以降、夜間中学は1954年に12都道府県において87校、1955年には在籍生徒数5,208人をピークに、減少を続けている。 今日では、不登校や母国、または、日本において義務教育を修了していない外国籍の人などが学んでおり、以前と比べ大きく様変わりしている。 また、そのような学びの場は公立夜間中学のみではなく、「自主夜間中学」という地域社会にて市民により運営される「学びの場」の必要性も高まってきている。
 夜間中学校をめぐっては、2016年に教育機会確保法(「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」)が成立したことにより、学校教育関係者をはじめ、多くの教育支援者や実際に学びの場に身を寄せている学習者を勇気づけるものとなったに違いない。 現在では、国は各県・政令市に最低1校の公立夜間中学の設置を呼び掛けているが、その背景には、自主夜間中学の取り組みがあり、市民による運動が公立夜間中学の増設に向けての後押しになっていること、協働しながら進められてきた経緯がある。そのため、義務教育未修了者に学習の機会を保障する根拠法ができたことは喜ばしいことである一方、これまで、手弁当で運営を担ってきた自主夜間中学校などの教育支援活動にも行政側からの財政支援が改善されていくことを期待したい。 そして、何よりも、夜間中学校で学ぶ人たちの姿を現代の日本社会の縮図として捉え、セカンドチャンスとしての学びを奨励する社会を築いていくことが求められる。このことは、日本社会において、「万人のための教育(Education for All:EFA)」の理念でもある拡大された基礎教育の機会を実現することに他ならない。日本社会における「lifelong literacy」をめぐる活動として、継続した取り組みが必要であり、社会の課題に応えることが求められる。

おわりに
 「国際識字の日」における活動や議論は、それぞれの国や社会における学習活動の在り方や、基礎的な教育を学ぶ意味を捉え直す契機となる。持続可能な社会を構築していく上で、基礎学力が不可欠であること、また、その如何により、社会生活も左右されてしまいかねないこと、さらには、世界規模のCOVID-19 の感染拡大により、人間の日常生活における様々な側面におけるデジタル化が加速したことから、デジタルリテラシーが求められる社会となってしまっている。確かに、オンラインによるコミュニケーションの体制が浸透したことは、利便性の観点からも肯定的に受け止められるものの、その一方で社会の不安定な情勢に影響を受けやすい脆弱な立場に置かれた人々との不平等の拡大や格差を露呈させることとなってしまった。 パネルセッションではその打開策に向けて、各国政府や市民組織による多様な側面からの基礎教育保障の充実を呼びかける実践事例の紹介や問題提起がなされた。様々な領域における関係者が集い、意見を交わし、互いの知見を高め合うこととなれば、まさに、私たちにとって、生涯に渡る学びとしての「lifelong literacy」の質的な意義を再確認する貴重な機会にもなろう。国内外において、今後も議論や活動が展開されていくことが望まれる。