アイキャッチ画像

第5回生物圏保存地域世界大会と新しい戦略行動計画の発表 ~「国際生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)の日」に寄せて

 

第5回生物圏保存地域世界大会と新しい戦略行動計画の発表

朱宮 丈晴(日本自然保護協会/日本MAB計画支援委員会 委員長)

はじめに

9月22日~26日の5日間にわたり中国の杭州市にある国際博覧センターにおいて第5回生物圏保存地域世界大会(5th World Congress of Biosphere Reserves)(以下、第5回BR世界大会)がユネスコ及び中国政府による主催で開催されました(以下、生物圏保存地域及び日本の呼称であるユネスコエコパークをBRと表記)。136か国、約4,000人が参加しました(中国地元新聞発表)。大会ではプレナリーに続き、7つのセッション、61のサイドイベント、50のブース展示、エクスカーションが行われました。

BR世界大会は10年ごとに開催されるBRに関する最大のイベントとなります。前回はペルーのリマで開催されました。今回のテーマは「人と自然の持続的な未来の創造」、地球規模での生物多様性保全や持続可能な発展に向けた国際協力の強化を目的としています。合わせて新規BRの登録承認等を行う第37回国際調整理事会*1が、国際博覧センターから90km離れた新しい施設である天目未来谷(天目山BR内)で26日~28日に開催されました。

第5回BR世界大会の重要な成果として、世界のBRの道しるべとなる34の行動目標からなる杭州戦略行動計画(2026-2035)(Hangzhou Strategic Action Plan 2026–2035)が発表されたこと、23の行動目標からなる杭州宣言(Hangzhou Declaration)が採択されたことが挙げられます。ユネスコ事務局長オードリー・アズレー氏はプレナリーの中で次のように述べています。「MABプログラムは、人間と環境の新たな調和、すなわち保全と開発を調和させ、生物界を犠牲にするのではなく、生物界とともに、生物界の中で生きる方法を教えてくれる、科学的基礎を築きました。」人と自然の共生に向けた実践科学の場であるBRの特性を示すとともに、今まさに行動が求められていることを示しているといえます。このコラムでは、国際調整理事会で採択された新たな戦略行動計画や第5回BR世界大会について紹介します。

*1 国際調整理事会(MAB-ICC):ユネスコの 「人間と生物圏(MAB)計画」 を統括・監督する最高意思決定機関。

 

杭州宣言と杭州戦略行動計画

杭州宣言は、UNESCO-MAB計画の次期10年(2026–2035)に向けて、国際社会が共有する理念と方向性を定めた政治的・理念的な基本文書であり、具体的な実施指針である「杭州戦略行動計画(HSAP)」の上位に位置する宣言文です。杭州戦略行動計画は、UNESCOのMAB計画およびBR世界大会の今後10年間における実施枠組みとして、杭州宣言の理念を具体的行動に落とし込む戦略的・実務的文書であり、前回発表されたMAB戦略(2015-2025)とリマ行動計画(2016–2025)を継承・発展させた次期10年計画となります。いずれも、法的拘束力はありませんが、日本のBRの活動にとってもこの10年の国際的な位置づけや行動指針を示す重要な文書となります。杭州宣言や杭州戦略行動計画は、今後10年ごとに提出する定期報告*2の中でも達成状況を求められる可能性があります。

今回の戦略行動計画の特徴は、世界全体で生物多様性の損失を止め、回復へ向かわせる国際目標を定めた昆明モントリオール生物多様性枠組み(30by30*3、OECMs*4等)への貢献や連携が明記されたこと(行動目標3、6)や、修復プロジェクトを推進する(行動目標5)ために、「2035年までに、すべての生物圏保護区は劣化した地域を特定し優先順位付けを行い、少なくとも1つの回復プロジェクトを開始または推進している」など、具体的な数値目標が記載されたのが特徴です(表1)。地球規模の喫緊の課題に対応するために、協調的かつ組織的な行動を通じた多国間主義の重要性、先住民族と地域コミュニティを中核に据えた公正・公平・持続可能な社会の実現を推進することとされ、日本のBRにおいてもあらゆる分野の垣根を超えた取り組みが求められることになります。

*2 定期報告:第2回BR世界大会(セビリア)で提案され第2回ユネスコ総会で採択された各BRが守るべき基本的ルール、手続き、行動原則を定めた国際文書である法的枠組「Statutory Framework of the World Network of Biosphere Reserves」の第6条に、定期報告の実施と評価手続きが明記され、各BRは10年に一度活動報告を提出する義務がある。これにより、BRの質を維持・改善し、世界ネットワークの透明性・信頼性を確保している。
*3 30by30目標(昆明モントリオール生物多様性枠組目標4):2030年までに陸域・海域の30%を保全(30 by 30目標)することを目指す。
*4 OECM:保護地域ではないが、効果的な保全が行われている場Other Effective area based Conservation Measures)を意味し、日本の里山のような「(必ずしも自然を守るためではないが)人の適切な営みによって、結果、自然が守られている場」の重要性を日本が提起し、国際交渉の中で、合意できる表現にする過程で生まれた言葉。(NACS-J: https://www.nacsj.or.jp/magazine/27851/

杭州戦略行動計画の発表(初日のセッション1)

表1 杭州戦略行動計画の内容

 

第37回国際調整理事会(MAB-ICC)

国際調整理事会は、世界の生物圏保存地域ネットワーク(WNBR)を管理・調整する 国際的な最高意思決定機関 で、毎年パリのユネスコ本部で開催されます。通常、毎年6月に開催されますが、今回は第5回BR世界大会に合わせて開催され、上で紹介した杭州宣言と杭州戦略行動計画が採択されました。さらに、新規BRの申請が34件あり、うち12件(35.3%)が承認され、拡張申請5件のうち2件が承認されました。これにより、世界のBRは785件、142か国となりました。今回は、日本の南アルプスBRと只見BRの定期報告の審議が行われ、「BRとしての基準を満たす」として承認されたほか、志賀高原BRの拡張申請に関する審議も行われ、申請が承認されました。今回申請のあった68件のうち、33件(48.5%)が承認されたことになり、比較的厳しい審査に日本から申請のあった3件は無事通過しました。

(左)国際調整理事会(MAB-ICC)の様子(写真提供:中村心寧氏)/(右)志賀高原BRの拡張申請承認書(写真提供:志賀高原BR)

 

第5回BR世界大会への参加

第5回BR世界大会は、国際調整理事会のような意思決定を行うわけではありませんが、各国のBR関係者が集う貴重な機会を提供しています。日本からは、MAB関係者や大学関係者、ユースなど21名が参加しました。前回の第4回BR世界大会がペルーのリマで開催されたときには、14名だったので参加者は増えました。参加者はプレナリー、サイドイベントへの参加やブース展示を行いました。これらの発表の場は、国内外のBR活動の相互交流の貴重な場で、個人的なつながりを作るのにもよい機会となります。日本ユネスコ国内委員会科学小委員会MAB計画分科会*5は、「気候変動対策とネイチャーポジティブへのMAB計画の主流化:日本の貢献 」と題してサイドイベントを開催し、8名が登壇しました。登壇者からは、屋久島における自然との共生の取り組み、生物多様性条約締約国会議(CBD-COP10)およびこの会議をめぐる動向や日本の貢献についての報告があり、ランドスケープアプローチなどの今後の取り組みの重要性、「SATOYAMAイニシアティブ」、「昆明モントリオール生物多様性枠組」との繋がりやOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域で日本の自然共生サイトに相当)の拡大の重要性が指摘され、具体的な取組としてみなかみネイチャーポジティブプロジェクトやユースの取組等が紹介されました。

日本MAB計画支援委員会*6は、日本ユネスコエコパークネットワーク(JBRN)*7と「日本のBRネットワーク活動」と題してポスター、動画、パンフレット、ノベルティで日本の各BRの取組を紹介するとともに、みなかみBRからポスターでみなかみネイチャーポジティブプロジェクトの紹介を行いました。イヌワシの保全活動のために伐採された木材から作られた経木と企業と協働したネイチャーポジティブ活動への関心は、高く多くの質問を受けました。ストーリー性のある産品や自然に配慮したノベルティには関心が高く、出展の際の参考になりました。

ブース展示では、各BRの活動や紹介が行われていました。日本でもBRごとに自然を活かした地域産品や伝承産品が作られていますが、国外の他のBRでも同様に実施されており、そのBRをより深く知る上でのよい素材になることを実感しました。とりわけ、中国では20年も前から「生態文明」政策が推し進められ、ICT化が進んでおり、町にはEVの車やバイクが走り、ブース展示では開発されたAIロボットが紹介されるなど「人と自然の持続的な未来の創造」のひとつの在り方を示していると感じました。

ブース展示で紹介された各BRにおける特色のある地域産品

*5 日本ユネスコ国内員会科学小委員会MAB計画分科会:日本ユネスコ国内委員会は、我が国におけるユネスコ活動に関する助言、企画、連絡及び調査を行う機関。
*6 日本MAB計画支援委員会:日本ユネスコエコパークネットワーク活動を支援し、文部科学省日本ユネスコ国内委員会MAB計画分科会と連携し、ユネスコ「人間と生物圏」(MAB)計画を推進することを目的とする専門家からなる任意組織。
*7 日本ユネスコエコパークネットワーク(JBRN):生物多様性の保全と生物資源の持続可能な利用を通じた地域振興、その担い手となる人材の育成、地域文化の振興、その他ユネスコの諸活動の目的の実現を推進するため、日本国内のユネスコエコパーク登録地間の情報交換、交流、協働を通じたユネスコエコパークの活動の発展と向上を目指すことを目的とする登録自治体からなるネットワーク組織。

(左)日本ユネスコ国内委員会主催のサイドイベントの登壇者(写真提供:飯田義彦氏)/(右)日本のブース展示の様子

 

最終日の天目山BRへのエクスカーション

26日は、天目山BRへエクスカーションがありました。天目山は数少ない銀杏(イチョウ)の生育地として知られています。天目山の入り口にある天目未来谷(天目山BR)(国際調整理事会の会場)のビジターセンター(生态研学馆, Ecological Research Institute)を見学、物産展示でお茶、豆腐、お餅、お酒、陶芸など地域の伝統的な物産の実演展示を見学しました。最後に国家自然保護区に指定され厳重に保護されている天目山の柳杉や銀杏の巨木林を見学しました。30~40分で回ることができ、説明板も充実していました。天目未来谷と合わせて学習旅行や体験の場として活用されているとのことで、中国のBRは政府の支援が充実しており、施設ハード面で日本の国立公園や世界遺産と似ていると感じました。基礎自治体が運営する日本のBRが同じことをするのは難しいですが、BRを全面に出した運営は一つの在り方として参考になります。

天目山BRにおけるエクスカーションの様子 (写真提供:飯田義彦氏)

 

 

DATA
イベント名

第5回生物圏保存地域世界大会(5th WCBR)
第37回国際調整理事会(37th MAB-ICC)

開催日時

5th WCBR:2025年9月22日(水)~26日(日)37th MAB-ICC:2025年9月26日(日)~28日(火)

開催地

中華人民共和国浙江省杭州市

記事をシェアする