今回の「ユネスコとわたし」では、ユネスコ研修生 中村心寧(なかむらここね)さんにインタビューをしました。
中村さんは、文部科学省とユネスコが創設した「ユネスコ研修プログラム」*の研修生に選出され、現在、ユネスコ本部(フランス パリ)で経験を積まれています。
Q:中村さん、この度はインタビューの機会をくださりありがとうございます。はじめに簡単に自己紹介をお願いいたします。また、ユネスコで研修をされることになった経緯と、現在の業務についてお話いただけますか。
2024年10月末から2025年10月までの1年間、ユネスコ本部のMAB(Man and the Biosphere:人間と生物圏)計画事務局で、Sponsored Trainee**として研修しています。
「MAB計画」とは、人と自然の共生を目指すユネスコの国際的なプログラムです。研修では、その中でもMAB計画に関わる若者たち「MAB Youth」のネットワークを構築したり拡大したりする業務を担当しています。
また、こうした国際的な取組とあわせて、日本におけるMABへの若者の関わりも広げていきたいと考え、今年度は次世代ユネスコ国内委員会の委員としても活動しています。
研修と並行して、横浜国立大学大学院先進実践学環の修士課程に在籍し、MAB Youthに関する研究も進めています。学部では理科教育を専攻し、学部3年から現在にかけては、植物科学や生物多様性を扱う研究室に所属しています。私が研究室に入った年に、横浜国立大学にMABに関連するユネスコチェアが設置され、そこで初めてMABという枠組みを知りました。同時に、大学で新たに始まったMABについて学習するプログラムを履修したことで、関心がさらに深まりました。
もともと国際的な環境に身を置くことに興味があり、修士に進学するタイミングで、文部科学省が新たに始めた修士以上の学生を対象とする「ユネスコ研修プログラム」を指導教員から教えてもらい、応募しました。
Q:2025年5月にはMAB Youth ウェビナー「人と自然の共生に興味がある若者あつまれ!ユネスコエコパークって何?」を企画されました。このウェビナーを企画しようと思ったきっかけは何でしたか。また、ウェビナーの内容についても教えてください。
MAB Youthは、ユネスコのMAB計画に関わる18~35歳の若者を指します。2017年に始まった比較的新しい概念で、現在も各地域・各国で制度や活動の枠組みが整備されつつあります。
私が企画したウェビナーは、日本のMAB Youthの裾野を広げること、そして日本のMAB Youthの現在地を、若者のみならず他世代の人々にも知ってもらうことを目的としたオンラインイベントです。日本語で、MABやユネスコエコパーク(Biosphere Reserves [BR]:生物圏保存地域)の基本的な理念や機能、世界遺産との違い、日本と世界の登録状況、ユースの役割などを平易な言葉で紹介したのち、日本国内のエコパークで個人的に活動している若者に、自分たちの実践内容を紹介してもらいました。最後には、登壇者と聴衆がブレイクアウトルームに分かれてフランクに質疑応答や交流を行う時間を設け、現場と国際機関、個人の想いが交差する場となりました。
このウェビナーの出発点には、アジア太平洋地域のMAB Youthが他地域と比べてあまり活発とはいえない状況がありました。ユネスコ本部MAB事務局はアジア太平洋地域のMAB Youthを活性化したいと考えており、私自身も日本やアジアにおけるMAB Youthの広がりを願っていたことから、まずは日本をモデルケースとした「初めの一歩」として開催することになりました。
初めての取組の場として日本が選ばれた背景には、日本のユネスコエコパークは、日本の中でも特に高齢化や過疎化が進む山間地域に位置していることから、「ユネスコエコパークでは50代がユースになってしまう」といった声が現場から上がっていたこともあります。日本での若者の参画がうまく進めば、高齢化の問題を抱える先進国における好事例として、他国にも展開できるのではないかという期待がありました。
Q:実際にウェビナーを実施されたご感想をお聞かせいただけますか。
今回のウェビナーは、企画から準備、当日の運営まで、基本的に日本の若者が主体となって実施しました。もちろん、ユネスコ本部MAB事務局の職員や広報に携わってくださった方々からのサポートもありましたが、「若者がやりたいことを、若者のためにやる」ことが実現できたという点で、MAB Youthの可能性を示す取組になったと感じています。
最終的に70名もの参加登録があり、「若者」に焦点を絞ったイベントにこれほど多くの人が集まったことにまず驚きました。その中には外国からの参加者もいて、事前に英語スライドを用意したり、当日も英語でのチャット案内を流したりしたことも功を奏し、国際的な対話のきっかけにもなりました。イベント後、外国人参加者から感想のメールが届いたり、そのつながりをきっかけに、韓国と日本のMAB Youthによる初めてのオンラインミーティングが実現したりと、日本での取り組みが他国の若者にも波及していることを実感し、とても嬉しく思いました。
こうした取り組みを形にするうえで支えとなったのは、私自身がこれまで少しずつ積み重ねてきた経験でした。大学の学生団体での活動や、生物多様性イベントへの参加など、一つひとつは小さなものでしたが、「その時自分にできることをやる」という姿勢で取り組んできたことが、思いがけず今につながったのだと感じています。
イベント後に実施したアンケートでは、MABやMAB Youthに以前より関心を持つようになったという声が多く寄せられました。一方で、「あまりに能動的に活動する登壇者の話に圧倒され、自分には無理だと感じてしまった」というコメントもありました。実際、日本でMAB Youthと呼べる活動をしている若者は、現時点ではほんの数人しかおらず、彼らは自らユネスコエコパークにアポイントをとって活動を展開するなど、まさに“突撃型”ともいえるような、エネルギッシュな行動力を持っているように見えます。
そうした姿勢に勇気づけられる人もいれば、逆に「自分にはできない」と感じてしまう人もいます。だからこそ今後は、特別に行動力がある人だけでなく、MABに少しでも関心をもった人が、もっと気軽に、無理なく参加できる仕組みづくりが必要だと強く感じました。たとえば、ちょっと気になったときにすぐにアクセスできるようなわかりやすい情報発信を行ったり、国内のMAB Youth同士がつながるためのプラットフォームを構築したりと、今後取り組んでいきたいことはたくさんあります。
Q:その他実施されたイベントや今後予定されているイベント等があれば教えてください。
7月末には、5月のウェビナーをきっかけとして、日本と韓国のMAB Youthによる初めてのオンラインミーティングを実施しました。韓国にはすでにMAB Youthのネットワークがあり、その運営体制や活動内容について詳しく話を聞くことができ、日本側にとっても学びの多い機会となりました。今後は定期的な交流を続け、将来的にはお互いに行き来して、対面でのイベントも実現させたいという声が出ています。アジア太平洋地域におけるユース連携が、今まさに少しずつ動き始めているところです。
また、今年9月には、中国で「5th World Congress of Biosphere Reserves(第5回生物圏保存地域世界大会)」が開催されます。これは10年に一度開かれる、MABにとって非常に重要な国際会議です。私も、ユネスコ本部から派遣されるスタッフの一人として現地参加させてもらえることになりました。
この大会は、世界各地からユースが集まり、地域を越えた交流が生まれる貴重な機会になると期待されます。私自身も日本のMAB Youthの一人として、仲間たちと展示を行う予定で、国際的な舞台で日本からのメッセージを発信できることを楽しみにしています。今後、こうした国際会議を起点に、ユース同士のつながりやネットワークがさらに広がっていくことを願っています。
Q:中村さんが感じるユネスコエコパークの魅力とは何でしょうか?
私がユネスコエコパークの魅力だと感じているのは、関わり方やアプローチの切り口が非常に多様で、さまざまな分野の人がそれぞれの立場から参画できるという点です。
ユネスコと聞くと世界遺産を思い浮かべる方も多いと思いますが、ユネスコエコパークはそれとは目的が異なります。世界自然遺産は、人の手が入っていない自然を「守る」ことが重要ですが、エコパークは自然を「使いながら守る」ことを通じて、人と自然の共生を目指しています。世界遺産は「今ある価値を保存するところ」であり、ユネスコエコパークは「これからの価値を創造するところ」であるとも表現されます。
こうした理念も含めて、ユネスコエコパークは、さまざまな分野の人が関わることのできる非常に柔軟で開かれたフィールドだと感じています。実際、9月に開催される世界大会では、私と同じくユネスコ本部で研修していた、専門分野も研修先の部署も異なる日本人メンバーたちがMABに関心を持ってくれて、チームを組んで出展することになりました。
生態学や環境科学といった自然科学の視点だけでなく、行政、経済、教育、歴史や文化など、社会科学や人文科学の知見とも結びつけながら、総合的に考えることができる。こうした分野横断的な視野で物事を捉えられるのは、MABならではの面白さだと感じています。
Q:ユネスコでの研修のご経験を今後、どのように活かしていきたいとお考えでしょうか。
ユネスコでの研修を通して感じたのは、国際協力の現場は、壮大な理念や制度だけで動いているわけではなく、結局は「人」が動かしているという、ごく当たり前でありながら、普段は実感しにくい現実でした。
国家間の交渉のような場であれ、日常の部署内のちょっとした連絡であれ、どれだけ大きな組織でも、そこには曖昧さや不完全さも含めた人間の営みがあり、それらが積み重なって制度や組織が成り立っています。国家や国際機関といった巨大な存在も、突き詰めれば無数の個人の判断と行動の集合体であり、一人ひとりがその動きをつくっているのだと実感しました。
だからこそ、国際的な課題を前にすると自分の無力さを感じることもありますが、人と人が協力して何かを動かそうとする場に関わることにも、きっと意味があるのではないかと思うようになりました。人間らしさを前提にしながらも、多国籍・多世代の人々が手をとりあい前に進もうとする営みは、とてもおもしろく、やりがいのあるものです。
MAB Youthをテーマにイベントを企画したり、他国のユースと連携したりする中で、異なる立場の人々と対話の場をつくり、関係性を築き、情報を発信し、調整していくことの難しさと大切さを学びました。国や立場を越えて人と人がつながるには、制度以上にまず「場」と「関係性」が土台になるという感覚は、これからも大切にしていきたいと思っています。
今後は、現場と制度、生活者と専門家、ローカルとグローバルのあいだをつなぐ翻訳者のような存在として、対話の橋渡しを担っていきたいと考えています。自分にできる範囲で、小さくても誠実なつながりを紡ぎ続けることが、次の動きを生み出す力になることを信じて、活動を続けていきたいです。
ご回答ありがとうございました!
*ユネスコ研修プログラムはこちら
** Sponsored Traineeship Programme(UNESCOホームページ)
DATA
インタビュー | 2025年7月実施 |
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