「無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産保護条約)」は、芸能、祭礼行事、伝統工芸技術等の無形文化遺産の保護や、無形文化遺産を相互に評価する重要性への意識向上を目的に、2003年のユネスコ総会で採択されました。日本は条約の策定段階から積極的に関わり、2004年に条約締結をしています(ユネスコ未来共創プラットフォーム ポータルサイトより)。
「伝統建築工匠の技」は、2020年12月にユネスコ無形文化遺産に登録され、今年5周年を迎えました。今回のコラムでは、「伝統建築工匠の技」の統括団体である『「伝統建築工匠の技」の保存、活用及び発展を推進する会(以下、伝統建築工匠の会)』の船戸輝久さんにお話を伺いました。
インタビューの会場となったのは、東京国立博物館。
東京国立博物館 平成館 企画展示室・ガイダンスルームでは、2025年10月10日(金) ~ 2025年12月7日(日)にかけて、『ユネスコ無形文化遺産「伝統建築工匠の技」登録記念 特別企画「日光の彩色と金工 社寺建築の美しさの謎を解く」』 が開催されています。

画像提供:竹中大工道具館
「伝統建築工匠の技」のうち、世界遺産「日光の社寺」の装飾技術の「彩色」と「金工」に焦点を当てた展示はまさに圧巻。長年にわたり受け継がれてきた伝統技術の高さを深く学ぶことができました。その展示を船戸さんにご案内いただきながら見学した後に、インタビューを実施しました。

画像提供:竹中大工道具館

見学の様子(ユネスコ未来共創プラットフォーム事務局撮影)
Q:ユネスコ無形文化遺産「伝統建築工匠の技」について、読者のみなさまにご紹介いただけますでしょうか。
「伝統建築工匠の技」というのは、全14団体17種類の、「日本の木造建造物の伝統技術」を集めたものです。英語では「Traditional skills, techniques and knowledge for the conservation and transmission of wooden architecture in Japan」と表記されます。日本語訳では「技」(skills, techniques)ですが、英語表記ではそれに加え「知識」(knowledge)が入っている。これは中々意味深くて、 一般の方は技術や技能という認識が強いのですが、その背景には植物など自然の材料に関する膨大な知識が不可欠な要素としてあります。そのことを伝えたかったのが、先般開催した企画展「植物×匠 めぐるいのち、つなぐ手しごと」※でした。
建物を建てる時に、硬い木をここに使うとか、柔らかい木はここに使うとか、あるいは南斜面で育った木材は建物の南側に使用するとか。伝統的な木造建築技術というのは、そういった自然の熟知の塊なんですよね。
ユネスコ無形文化遺産に登録されたことによって、職人のプライドややりがいといったものが高まったと感じます。逆に言うと、そうでなければ、やっぱり伝統的なものは続いていかないと感じています。また伝統建築工匠の技という名称や意義について、なかなか理解が深まらないなかで、普及・啓発というのは重要だと思うんです。
Q:自分たちの技術や知識が世界的に認知されること、それが職人のプライドや技術の普及・啓発につながるということですね。改めて伝統建築工匠の会の活動についてどのような役割を担っていらっしゃるのか、教えていただけますか。
全14団体17種類の「日本の木造建造物の伝統技術」が一体となってバランスよく保存継承されていくための情報交流の場を構築すること、そして伝統技術が広く活用され一体となって発展していくことに貢献する、こういったことが大きな役割かと思います。
そのためには多くの方々のご理解とご支援が必要であり、普及啓発活動を重視しています。
同時に、文化庁とのパイプ役を担っています。例えば5年に1回の状況報告というのを(文化庁を窓口に)ユネスコにします。その状況報告のために、先般、各団体から寄せられた課題や意見を文化庁に伝えました。
Q:現在「伝統建築工匠の技」に関わる課題は何でしょうか。伝統工芸の分野では若い世代の参加が減っていると聞いたことがあるのですが、後継者不足などの課題は職人の皆様からよく聞かれますか?
伝統建築工匠の技のすべての職種で後継者不足が課題となっています。
これらの技術の継承を支えているのが中小企業であることや、技術の習得に長時間かかることなど要因は多々あるでしょうが、私は、高度な伝統技術をもつ職人へのあこがれが低下していることや報酬の低さが根底にあるのではないかとも考えています。
Q:私たちができることとして、やはりもっと関心を持っていくことや、知ろうとする姿勢が重要でしょうか。
そうなんです。だから子どもたちにも現場や実際を見てもらったり、体験してもらったりして、興味や関心を持ってもらうことが大切です。それから大人の方には美しさを感じてもらうこと。それが大事かとも思っています。日本にしかない技術ですから、無くなってしまったら法隆寺の保存修理もできなくなります。
世界遺産には「オーセンティシティ(真正性)」が必要とされます。特に木造建築の場合は特徴的で、法隆寺の建物を例に取ると、修理では部分的に腐ったところを取って、既存の木を生かして新しいパーツを埋め込んでいくわけです。日本の木造建築物の場合、「オーセンティシティ」を確保していくためには、「伝統技術の世界」を確実に守っていくしかないと思っています。

企画展「植物×匠 めぐるいのち、つなぐ手しごと」にて 画像提供:船戸氏
Q:「伝統建築工匠の技」を「これからの世代につなぐ」ということを考えるとき、コラムの読者の方々を含め、私たちができることは何でしょうか?
表面だけを見ない方がいいですね。建物だけを見て、「わぁ、綺麗!素敵!」だけではなく、そこに日本人の自然観や文化をバックグラウンドとして知識を蓄え技術を向上させてきた職人の痕跡がいつもあるということを覚えていて欲しいです。
また、今回展示で取り上げた日光の保存修理システムが建造物の保存で理想的だと思っています。というのは、日光には職人が多く住み着いているのですが、そうした職人と地域の人が一緒になって東照宮を守ろうと設立された「日光社寺文化財保存会」があります。地域が一体となって保存修理が継続され、建物が維持されていく―これは文化財の保存継承の理想的なかたちなんですよね。このことを皆さんに伝えたくて、日光の三社寺をユネスコ登録5周年記念としてスポットを当てました。

画像提供:竹中大工道具館

画像提供:竹中大工道具館
Q:船戸さんは、無形文化遺産の登録までの全過程に関わっておられたということですが、登録までにさまざま大変なことがあったと思います。特に印象に残っていること、またモチベーションになったことは何でしたか。
特に印象に残っていることと言えば二点ほどあり、いずれも関係者との調整に関わることです。実は、登録申請にあたり、当初は木造建造物の修理技術のほか石垣保存、庭園保存を加え、幅広く日本建築文化として登録を希望していました。それを、建築物修理・木工を中核とした木造建築技術に限定することについて丁寧な調整が必要であったことが一点目です。二点目は、木造建築技術に係る全国の関係団体による参画の承認を得ることや、各団体の規模の大小や技術分野ごとに背景や登録への熱量が異なるなど、団体として合意形成をするのが難しかったことです。それでも、本当に積極的な職人さんなど、「やっぱり登録したい」「登録して欲しい」という人がいる。引き受けたから、やり始めたら絶対やらなければいけない、そのような思いはありました。
貴重なお話をありがとうございました!
※国立科学博物館・竹中大工道具館共同企画展「植物×匠 めぐるいのち、つなぐ手しごと」詳細はこちら(国立科学博物館HP)
「伝統建築工匠の技」ユネスコ無形文化遺産登録への歩み2009年 「建造物修理・大工」ユネスコ無形文化遺産登録審査予定リストに掲載 2017年2月 「日本の『匠の技』の保存・活用とユネスコ無形文化遺産登録を推進する会」発足 2017年12月 統括団体「伝統建築工匠の保存、活用及び発展を推進する会」発足 2018年3月 「伝統建築工匠の技」ユネスコ無形文化遺産登録提案 2019年3月 「伝統建築工匠の技」ユネスコ無形文化遺産登録再提案 2020年12月 ユネスコ無形文化遺産登録決議(第15回政府間委員会) 2024年3月 「手織中継表製作」追加提案(2025年12月 承認予定) 船戸氏よりご提供 |


DATA
| 話し手 | 伝統建築工匠の会 幹事 船戸 輝久さん |
|---|---|
| 聞き手 | ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)田代 成香 |
| インタビュー実施日 | 2025年10月17日 |
| インタビュー会場 | 東京国立博物館 |
| 執筆 | ACCU内ユネスコ未来共創プラットフォーム事務局 |
| 参考情報 |
ユネスコ無形文化遺産 伝統建築工匠の技 紹介パンフレット(PDF) ユネスコ無形文化遺産「伝統建築工匠の技」登録記念 特別企画「日光の彩色と金工 社寺建築の美しさの謎を解く」 展示情報はこちら(東京国立博物館HP) |