国際シンポジウム「持続可能な都市開発に向けた生涯学習」報告

大安 喜一(ユネスコ・アジア文化センター)

はじめに

2024年5月19日、南京大学で行われた生涯学習に関する国際シンポジウムに参加しました。この会合は、南京大学、中国成人教育協会、江蘇省成人教育協会が主催し、中国、タイ、ベトナム、日本からの対面参加者を含む、12か国約300名の参加がありました。私は午前の全体会で基調講演を行い、午後の分科会では10本の発表に対する総括コメントをしました。

大安氏による基調講演 ©南京大学

この会議はユネスコ北京事務所との共催で行われ、ユネスコの学習都市に関するグローバルネットワーク(GNLC: UNESCO Global Network of Learning Cities)に南京市が参加したことを記念する式典も併せて行われました。日本ではこのネットワークの認知度は低く、岡山県岡山市と佐賀県多久市の2都市のみが参加していますが、世界では79か国の356都市が参加するグローバルな繋がりです。主な目的は、市町村全体で生涯学習を実践し、ネットワークを通じて情報や知見の共有を行うことです。ユネスコ生涯学習研究所(UIL: UNESCO Institute for Lifelong Learning)が事務局を担っています。詳細はGNLCのウェブサイトをご覧ください。

生涯学習

生涯にわたって(lifelong)、さまざまな場所・機会(lifewide)で学ぶ大切さは、ユネスコによって1960年代に提唱されました。英語の「Lifelong Learning」を日本語では「生涯学習」と訳しています。同じ漢字文化圏でどのような用語が使われているかご存じでしょうか。面白いことに、中国では「終身学習」、韓国では「平生学習」が、日本の「生涯学習」の同義語として使われています。今回は中国での会合なので、「終身学習国際研討会」と称され、日本で当たり前に使っている用語との違いを改めて考えました。例えば日本では「終身雇用」や「終身刑」という用語を使うのに、なぜ教育や学習では「生涯」なのか、国際会議に出ると些細な疑問から考えが広がります。生涯学習については、ユネスコ生涯学習研究所が2022年にハンドブック「Making lifelong learning a reality: a handbook」を作成しています。

国際シンポジウム

シンポジウムでは「持続可能な都市開発のための生涯学習」をテーマに多様な視点から発表と議論が行われました。中国をはじめアジアの多くの国で少子高齢化が進む中、経済的な発展を通じた人々の生活の質向上だけでなく、社会格差や環境問題などの解決に向けた能力向上が不可欠であると認識されています。特にデジタル技術を活用して生涯学習を進める必要性について、多くの発表者が議論していました。

私の基調講演では、インクルーシブな社会づくりへむけた生涯学習の必要性、世代間の学習の大切さを中心に話しました。社会から疎外された人々のエンパワーメントだけでなく、すべての人が生涯にわたって学び、多様性に寛容な社会づくりが必要であると考えます。ジェンダーや気候変動など新しい課題が次々に出てくる中、学校教育だけですべてをまかなうのは無理でしょう。学校では、そうした課題に関する知識を得て、思考・判断し、行動する資質能力、いわゆる「学び方を学ぶ」基礎を身につけ、学校内外で生涯にわたって学び続けることが大切です。学校外の学習施設として、日本の公民館やコミュニティ学習センター、図書館や博物館、職場やNPOが主催するセミナーなど、それぞれの状況や必要に応じて行政や民間で行う学習の機会がたくさんあることを、日本とタイやインドネシアの事例と共に紹介しました。

全体会の様子 ©南京大学

全体会と分科会の発表では、個人と社会のウェルビーイングの両方の大切さ、環境に配慮したグリーンシティの推進、学習都市に関するグローバルネットワークを通じた学校内外の柔軟な学びのプラットフォーム、企業内研修をはじめとする人材養成への大学による専門的な支援、雇用につながる教育カリキュラムの必要性など、さまざまな視点から生涯学習について発表、議論がなされました。これらの発表内容をもとに、総括として私は、生涯学習を通したあらゆる世代の社会参加、対話による地域間・世代間による学び合い、デジタル活用の可能性と共にその格差や悪用リスクへの対応、学校を含めた生涯学習政策強化に大学をはじめ研究機関が果たす役割の重要性を挙げました。

南京大学

中国へはユネスコ在職時に主に甘粛省など北西部へ、岡山大学では大学間交流事業で東北部の吉林省へ行きましたが、南京市への訪問は今回が初めてでした。印象に残ったのは、まず、南京大学の広大さです。会議は、宿泊と会議施設を備えた国際交流センターで行われ、高級ホテル並みの設備とサービスでした。このセンターからキャンパス内を30分ほど散歩しましたが、学内地図を見ると、ほんの10分の1ぐらいしか歩いていないことがわかりました。施設だけでなく、大学と成人教育協会が戦略的に国際的な動向を踏まえ生涯学習を推進していることが、学習都市ネットワークに参加する南京市との協力やユネスコとの共催によるシンポジウムの開催からよくわかりました。私は日本でこの分野の学会に所属して国際交流にも関わっていますが、なかなかこの規模の会議を行うのは難しいと感じます。中国の関係者が、自国の文脈や言葉の壁や垣根を越えて生涯学習を議論する熱意が印象的でした。

南京大学図書館

南京市

今回の短い滞在では、南京市の歴史や文化について知る機会はほとんどありませんでした。唯一、会議前夜に南京市内へ出かけた際、市の中心部にある夫子廟・古建築群地区を散策しました。ゼロコロナ政策の時には人出はほとんどなかったでしょうが、訪れたのが土曜日の夜でもあったため、多くの人でごった返していました。中国では、日本で使っているGoogleなどのアプリは使えず、支払いもほぼQRコードかカード払いのため、バーチャル・ネットワークを使うなどICTに強くなければ、短期滞在者が通信機器を使いこなすのはハードルが高いと感じました。今回はバンコク事務所の中国出身スタッフに移動の手配や買い物をするのにとてもお世話になりました。ただ、以前は現金お断りの店が多かったのが、現金支払いも受け付ける規則が導入されたとのことでした。また、古建築群地区の外に「琵琶」の文字を見つけて、由来を聞いたところ、南京市は楽器の琵琶が有名とのことでした。滋賀県立琵琶湖博物館によると、琵琶湖はこの楽器の形が由来だそうで(琵琶湖の概要 | 滋賀県立琵琶湖博物館 (biwahaku.jp))、この博物館が充実していることを知り、行ってみたいと思うようになりました。南京市での滞在は短いながら、新たに学ぶことや市内での発見があり、自身の体験から学びが広がる可能性を改めて感じました。

南京市内の古建築群地区

大安 喜一

ユネスコ・アジア文化センター 教育協力部 部長

ユネスコ・バンコク・ダッカ事務所教育担当官、岡山大学教授を経て現職。アジア諸国のノンフォーマル教育、公民館やコミュニティ学習センターなど、学びをとおした持続可能な地域づくりを中心に、国内外の生涯学習に関して研究。


DATA  
イベント名 2024 International Symposium on ‘Lifelong Learning Empowering Sustainable Urban Development
開催日時 2024年5月19日(日)~21日(火)
会  場 南京大学

※ 本シンポジウムについてのUNESCOによる開催報告はこちら(英語のみ)

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