皆さん、こんにちは。 大分県臼杵市(ユネスコ食文化創造都市)出身、次世代ユネスコ国内委員会委員の佐藤世壱です。
なぜ今、私たちは「未来」を味わうべきなのか
皆さんは、「文化」という言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか。
私たち次世代ユネスコ国内委員会文化ワーキンググループは、文化とは、過去から受け継ぐだけの「静的なもの」ではなく、社会の動きと共に常に変化し、その時代を生きる私たち自身が主体的に「創造」していくべき、ダイナミックな営みそのものであると考えています。

臼杵食文化ユースサミット導入の様子
この考えは、今、国際的にも大きな潮流となりつつあるように感じています。2024年にポルトガルのブラガで開催されたユネスコ創造都市ネットワーク年次総会では、「次の10年のために、ユースをテーブルにつかせる(Bringing Youth to the Table for the Next Decade)」が主要テーマに設定されるなど、文化の未来を語る上で、私たちユース世代の役割に大きな期待が寄せられています。

こうした背景のもと、2025年9月14日「臼杵食文化ユースサミット」を開催しました。このサミットは臼杵食文化創造都市推進協議会と共催し、私たち次世代ユネスコ国内委員会が企画、実現したものです。当日は、市内の中高生と先生方、総勢15名の方々が臼杵市観光交流プラザに集まりました。本稿では2回にわたり、臼杵食文化ユースサミットについてお伝えできればと思います。
水は20年、土は100年〜私たちの暮らしに迫り来る静かなる危機〜
私たちの生命を支える「食」。その大前提である豊かな水や土が、今、世界的な危機に瀕しているという事実に、改めて静かに目を向ける必要があるのかもしれません。

臼杵食文化ユースサミット冒頭導入の様子
それは、私たちが普段何気なく飲んでいる水が、自然の力で浄化され、再び私たちの元へ還るまでに約20年という歳月を要すること。そして、わずか1センチの厚さの土壌が形成されるまでには、100年以上の時間が必要であるということです。

臼杵食文化ユースサミット導入スライド
国際連合食糧農業機関(FAO)および土壌に関する政府間技術パネル(ITPS)が2015年に発表した『世界土壌資源報告書』は、世界の土壌の3分の1以上がすでに劣化していると指摘しています(FAO & ITPS, 2015)。FAOが示す「土壌の劣化」とは、不適切な土地利用や管理によって土壌の健全性が損なわれ、生態系がもたらす恵み(食料生産や水の浄化など)を享受する能力が低下してしまう状態を指します。一度失われた豊かな土壌を取り戻すことがいかに困難であるか。この静かなる危機は、私たちの食の未来を揺るがしかねない、重大な課題と捉えられています。
この大きな問いに対して、確かな実践で向き合い続けている場所があります。それが私の故郷、臼杵市です。
土地の記憶を味わう〜臼杵の食に宿る4つの思想と実践〜
2021年、臼杵市は山形県鶴岡市に次いで国内2例目となるユネスコ創造都市ネットワーク(食文化分野)に加盟しました。臼杵市の食文化が国際的に認められたのは、単なる「美味しいものがある町」という理由ではなく、100年先を見据え、食を取り巻く環境総体と向き合い続けてきた思想と実践が評価されたためです。

食文化創造都市臼杵ロゴ
その思想・実践は、大きく3つの柱で支えられています。
- 「環境保全型農業」― 森里川海の循環から生まれる、ほんまもんの恵み
臼杵の食文化の原点は、豊かな「水」にあります。手入れの行き届いた森が育んだ清らかな水が、川を通じて田畑を潤し、やがて海へと注ぎ込む。この壮大な自然の循環こそが、全ての土台です。その恵みを未来へと繋ぐため、臼杵では化学物質に頼らない「土づくり」を基本とした環境保全型農業を推進しています。市の施設「臼杵市土づくりセンター」で作られる完熟堆肥「うすき夢堆肥」は、多様な微生物が息づく健康な土壌を育み、臼杵市独自の認証制度「ほんまもん農産物」という、生命力あふれる作物を実らせます。
- 「発酵・醸造文化」― 時の流れを味方につける、先人の知恵
400年以上の歴史をもつ味噌や醤油づくりに代表される発酵・醸造文化は、臼杵の風土と精神性を映す象徴的な存在です。日本人にとって当たり前の調味料である味噌や醤油が、この地で特別な文化的価値をもつに至ったのは、単なる技術の発展によるものではありません。その背景には、目に見えない微生物との共生を尊び、自然への畏敬の念を抱きながら、じっくり時間をかけて価値を育んできた人々の営みがあります。先人たちが築いてきた知恵と気概、そして豊かな自然の恵みを時間と自然、人と人との関係性を編み直しながら未来へと手渡していくこと──それこそが臼杵の発酵・醸造文化の核であり、この土地のアイデンティティといえます。
- 「郷土料理」― 武家の格式と質素倹約の知恵が息づく食卓
臼杵の食文化は、江戸時代、稲葉藩の武家文化に深く根差しています。特筆すべきは、日本料理の原型ともいわれる「本膳料理」です。武家の礼法を尽くしたもてなしの心を体現するこの格式高い食文化を実際に味わうことができるのは、国内にわずか3か所しか現存しません。その一方で、庶民の暮らしの中からは、質素倹約の精神と創意工夫から生まれた多様な料理が生まれました。残り物の刺身や魚をおろしたあとの中落ちにおからをまぶしてかさ増しした「きらすまめし」や、彩り豊かな「茶台寿司」などは、食材を余すことなく使い切る「もったいない」の心と、日々の食を楽しむ知恵の結晶です。武家の格式と、庶民の暮らしの知恵が共存し、尊重されてきた歴史が、臼杵の食卓を豊かにしています。
物語を味わい、当事者になる
この土地に根ざした哲学が、どのような物語として息づいているのか。その心象風景を皆で共有し、続く対話への導入とするため、私たちはまずドキュメンタリー映画『100年ごはん』を鑑賞しました。この作品は、単に有機農業の技術を解説するものではありません。監督は料理家でもある大林千茱萸氏で、4年もの歳月をかけて臼杵に通い、撮影・制作されました。
この映画は、「現在の臼杵市民」と「100年後の市民」が手紙を交わす構成で、食を通して命のバトンを未来へつなぐ「命のリレー」をテーマにしています。市の職員と有機農家が連携し「学校給食をすべて有機食材でまかなう」という壮大な目標に挑む姿を追う本作は、「リビングハーモニー」という価値観に基づき、自然の恵みを分かち合うことの真の意味を観る者に問いかけます。
鑑賞後、「100年ごはん」について次のような感想が寄せられました。
「今を生きる『わたし』と100年後を生きる『あなた』を描くことで、水や土などの自然のつながりを感じることができました。臼杵市が有機栽培にかける想いや土をつくる人の想い、農家の方々の想いを強く感じることができました」
臼杵の哲学を学び、「映像を通して、その実践の息づかいに触れたユースたちの心に、自分たちの足元にある文化を「自分ごと」として捉え直す、確かな好奇心の火が灯ったように感じられました。
後編では映画鑑賞後に行った世代を超えた対話の中から見えてきた、文化創造の新たな可能性について詳述します。
(後編へ続く)
DATA
| イベント名 | 臼杵食文化ユースサミット |
|---|---|
| 開催日時 | 2025年9月14日(日) |
| 会場 | 臼杵観光交流プラザ 3階 大会議室 |
| 企画 | 次世代ユネスコ国内委員会 |
| 共催 | 臼杵食文化創造都市推進協議会 |
| 執筆 | 次世代ユネスコ国内委員会 委員(2025年10月現在) 佐藤世壱 |